堀口さんは「社長」をされていますが、どのようなお仕事なんでしょう?
一言でいうと「ヒト・モノ・カネ」という経営資源をどのように配分するかについて、意志決定を行う仕事です。例えば弊社は創業以来、鉄鋼の物流を手がけてきましたが、ある時期から鉄鋼以外の貨物も扱うようになりました。事業領域の拡張には様々なメリット・デメリットがありますが、経営資源が限られている中で、必ずしも十分ではない情報をもとに、やる・やらないも含めてどのように資源配分を行うのかを「決める」のが社長の仕事ですね。
難しいのは、経営判断には絶対的な「正解・不正解」というものはなくて、ただ「成功・失敗」という結果だけがついてくる点です。その「成功・失敗」さえも短期で見るか長期で見るかで評価が違ってくることもあります。そういう面で、受験勉強とは少し性質の違う世界であるとも思います。
堀口さんがコムタスに来られたのは40歳ぐらいのときだったと思いますが、当時の経緯など教えていただけますか?
話せば長いのですが(笑)、当時博士号を取得するために働きながら在学していた神戸大学の大学院でユーザー・イノベーションという分野の研究を行っていました。細かな事情は端折りますが、私が所属していた研究室では博士論文を提出する前に「数学的方法論」という学内の試験にパスしておくことが要件の一つとして課せられていました。ところが、その過去問を見るとまるで何かの暗号のようで、全く分からないわけです。私は大学時代は文系でしたが、経済学部だったので入学後も数学は必須でした。ただ、まともに数学の勉強したのは今から32年前の受験のときが最後でした。全く意味が分からないのは、高校数学を忘れているからなのか、それとももっと前に原因があるのか、あるいはもっと後なのか。そもそもこの問題は高校数学の範疇なのか、それさえも分からず、これはもう誰かに教えてもらわなければならないと思いました。
そこで家庭教師のサービス事業者に過去問を送って相談してみたものの「うちでは指導できません」というお返事。途方に暮れていたときに、人づてにコムタスのことを聞いて問い合わせをした次第です。
忘れもしない、当時、横川さんに10年分の過去問を渡した上で、私からお伝えしたのは、試験まであと3ヶ月しかないこと、合格点は6割以上であること、自分には高校数学の記憶はほとんど何も残っていないことの3点でした。その上で指導は可能か横川さんにお尋ねしたところ、「できると思います」というお返事でしたので、藁にもすがる思いで入塾しました。
改めてお伺いするとすごく切羽詰まった状況ですね。確か堀口さんは開口一番「数学の本質を理解したいわけではないんです。ただただ試験問題が解けるようになりさえすれば良いのです」とおっしゃっていたと思います。
ええ、覚えています。ただ、そのあとのご指導は決して「やり方だけを教える」という感じではなくて、高校数学を忘却していた私にも理解できるように必要なだけ掘り下げて教えていただいたと思います。最初は「ベクトル」から始まって、「これなら覚えているぞ!」と思ったものです。
最終的に本番の試験では約9割取れました。しかも解答できなかった小問も落ち着いて問題文を解釈していれば十分に解けるものだったので、満点も十分あり得たわけです。これぞプロの仕事だ!と、折に触れて人に話しています。
プロの仕事とはどういう意味でしょう?
今回の場合、「3ヶ月後に60点」というふうに納期と水準が決まっている中で「できる」と判断し、実際その通りの結果を出してくださった。これがまさにプロだと思いました。「できるかどうかはやってみないと分からない」とか、引き受けておきながら途中で「やっぱりできません」というのはナシじゃないですか。そういう部分ですね。
なるほど恐縮です(笑)話は変わりますが、数学を学ばれたことで堀口さんにはどういう影響がありましたか?
コムタスに通っていた頃は、数学の勉強をしながら、一方では博士論文のための研究をしておりまして、質問票調査や海外での発表準備、事例研究の論文執筆など非常にハードな日々を送っていました。経営学の場合、博士課程での研究というのは、「解くべき問題」というのは所与ではなく、クリアなリサーチ・クエスチョンが見つかるまでに大変な労苦を伴います。少なくとも私はそうでした。首尾よく見つかっても、その解は当然未知で、それを根気強く探し、自らの発見物が論文の問いに対する「答え」であることをアカデミックな作法に基づいて説得的に示す必要があります。それに対し、試験科目としての数学というのはスッキリと答えが出るし、正しい方法を反復すれば必ず正解にたどり着ける。そのことが本当に美しいと感じられ、何か深い真理に触れているような喜びがありました。週1回の数学の日は、日頃の研究から離れてリフレッシュできる本当に貴重な時間でした。
それだけに本番の試験が終わった後は、もう来週から数学の授業がないんだと思うととても残念でしたね。当時横川さんにお送りしたメールを印刷して今日持ってきたのですが・・・
試験問題が解けさえすればいいと思っていた私が、40歳にして数学の楽しさを感じ、もっと勉強したいと思えたことは何にも代え難い体験だったと思います。
かえすがえす恐縮です。何か現役コムタス生におっしゃりたいことはありませんか?
中高生が勉強する動機の大部分は、テストや入試かもしれません。それはある意味自然なことですが、でもそれだけで終わってしまっては本当にもったいないと思います。「同じものを見ても風景が変わる」のが勉強です。例えばニュース一つとっても、世界史を知っていれば、あるいは統計を学んでいれば、あるいは化学を学んでいれば・・・それぞれに違った景色が広がります。
高校までの勉強は極めて基礎的なことなので、「受験のための勉強」とか「受験に出ないからやらない」などと思うのはとても矮小な考えです。勉強できるありがたみを感じて、人生をより豊かにしてほしいなと思います。